2月15日。
父の命日です。亡くなって三年が経ちました。
本当は、法事をするタイミングではありません。
三回忌が終わっていれば、次は七回忌。
だから今年は、何もしない年。
そういう年だったはずでした。
でも今年は、命日が日曜日に重なりました。
そして母が、ぽつりとこう言いました。
「法事、やりたいな」
その言葉を聞いた瞬間、私は返事に少し迷いました。
母の年齢を思うと、その一言が、ただの希望ではなくて、
母の中にある「今のうちに」という気持ちに聞こえたからです。
人は、元気なときほど「まだ大丈夫」と思ってしまう。
けれど、本当は「できることができるうちに」
やっておきたいことが確かにある。
母の願いを叶えてあげたいと思いました。

久しぶりに集まった家族の顔
親戚に声をかけると、ありがたいことに、みんなが来てくれることになりました。
おばさま、いとこ。
娘と息子。
娘の婚約者まで来てくれて…。
気づけば家の中は、驚くほど賑やかになりました。
「こんなふうに、みんなが集まるのはいつ以来だろう」
そう思うほどでした。
みんなが近況を話して、笑って、
少し照れながら昔話をして、
自然と父の話も出てきました。
父の名前が会話の中に混ざるたび、
胸の奥が、少しだけあたたかくなるような、
でも同時に、ちくりと痛むような感覚がありました。
父はもういないのに、父の話をすると、
父がそこにいるような気がする。
不思議な時間でした。

母は途中で、疲れて寝てしまった
母は朝から支度をしていました。
料理のこと。お茶のこと。部屋のこと。
母はずっと動いていました。
そして途中で、疲れてしまったのだと思います。
母は椅子に座ったまま、少しだけ目を閉じていました。
気づけばそのまま、うとうと眠ってしまっていました。
でも母は、眠りながらも、みんなの話し声を聴いているようでした。
誰かが笑う声。誰かが父の話をする声。
その空気の中で、母は安心しているように見えました。
眠りながら、母は幸せそうだった
母は眠っていました。
でも、完全に眠っていたわけではなかったと思います。
みんなが話している声を、母は聴いていました。
誰かが笑う声。
誰かが父の話をする声。
「久しぶりだね」と言い合う声。
母は目を閉じたまま、
時々、ほんの少しだけ口元がゆるんでいました。
その表情が、忘れられません。
母はきっと、そこにたくさんの人がいることが嬉しかったのだと思います。
何かを話さなくても、そこにいるだけで、心が満たされる時間。
母は、眠りながら、その幸せの中にいたのだと思います。
みんなが帰ったのは、21時を過ぎていた
気づけば、時間はあっという間に過ぎていました。
みんなが帰ったのは、21時を回ってから。
それだけ長い時間、誰も「帰ろう」と言わなかったのは、
きっとみんなが楽しかったからだと思います。
玄関で
「また会おうね」
「元気でね」
そんな言葉が何度も交わされました。
私はその光景を見ながら、胸がぎゅっとなりました。
こうして集まれる時間は、永遠には続かない。

片付けのあとに残った、静けさ
みんなが帰ったあと、家の中は急に静かになりました。
さっきまであんなに賑やかだったのに。
音が消えると、まるで夢から覚めたみたいでした。
私は、テーブルを片付けながら、父の写真を見ました。
写真の父は、いつもの顔で笑っていました。
その笑顔が、少しだけずるいと思いました。
置いていく人は、いつも笑っているのに、
残された側は、何度も何度も、同じところで立ち止まる。
そんなことを思いました。
きっと父も、喜んでいたと思う
この日、一番嬉しかったのは誰だろう。
母が幸せそうだったこと。
親戚が楽しそうだったこと。
子どもたちが集まってくれたこと。
全部が嬉しかったけれど、最後に私は、こう思いました。
きっと父も、喜んでいたんじゃないかな、と。
父の命日に、父の話をして、父を思い出して、
父が大切にしていた家族が集まって笑っている。
父がいなくなって三年。
それでも父は、こうして今も、家族の中心にいるのだと思いました。
父の写真の前にお茶を置いたとき、私は心の中で小さく言いました。
「パパ、今日はね、賑やかだったね」
返事はないのに、なぜか胸がいっぱいになりました。
父はもういない。
でも父は、消えていない。
そのことが、嬉しくて、寂しくて、どうしようもなくて。
母の願いを叶えた日。そして、私の心も少し救われた日
最初は悩んだけれど、
終わってみると、心から思いました。
「やってよかった」
母の願いを叶えることができた。
そして家族の時間を、つくることができた。
命日は、ただ悲しむ日ではなくて、
思い出して、つながって、
また前を向いていく日なのかもしれません。
父が亡くなって三年。
時間は過ぎていくのに、父を思う気持ちは
薄れるどころか、形を変えて、
少しずつ深くなっていくような気がします。
そして私は思います。
父が残してくれたものは、
写真でも、言葉でもなくて、
こうして家族が集まれる「場所」や
「つながり」そのものだったのかもしれません。
そんなふうに感じられた一日でした。

コメント