ピアノと私──3歳から始まった音の記憶

日記

私がピアノを習い始めたのは、3歳のときだった。

まだ字もろくに読めなかったはずなのに、母に連れられて通ったレッスンでは、小さな椅子に座り、音符の丸や線を「絵」のように覚えていった。

最初の数年間は、弾くというより「触る」「慣れる」「聞く」といった感覚だったと思う。

ピアノが得意だったかと聞かれれば、決してそうではなかった。

練習が嫌になる日もあったし、指が思うように動かなくて泣いたこともある。

でも、それでもやめたいと思わなかったのは、「音に触れる時間」が、どこか心地よかったからだと思う。

ピアノを通して得たものは、単なる技術だけではない。

たとえば、毎日少しずつ積み重ねることの意味。

難しいフレーズも、数日、数週間かけて弾けるようになるという体験は、「時間を味方にする力」を教えてくれた。

これは今、大人になって仕事をするうえでも、深く生きていると感じている。

もうひとつ、大きな気づきだったのは、「聴く力」が育つということ。

音の違い、リズムの揺れ、作曲家の意図。それらを考える習慣が、小さな頃から自然と身についていたように思う。

ピアノは、指先の運動というよりも、むしろ耳と心のトレーニングだったのだと、今になって感じる。

もちろん、続けることが常に楽だったわけではない。

思春期には練習が面倒になる日もあったし、クラシックに飽きてしまった時期もある。

でも、どんなときもピアノはそこにあった。

静かに待っていてくれる、もうひとりの自分のように。

振り返ると、3歳という年齢で始めたことに意味があったと思う。

言葉より先に音を覚えた時間、努力より先に「好き」が芽生えた経験。

早すぎるかもと思う人もいるかもしれない。

でも、音楽との出会いは、できるだけ幼い時期にあったほうが、その後の人生に深く根を下ろしてくれる気がする。

ピアノを習っていてよかったか、と聞かれれば、迷いなく「はい」と答える。
上手だったかどうかではなく、「音楽がある人生」を送れていることそのものが、私にとっての一番の財産だから。

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