ハロウィン

日記

私が子どものころから、ハロウィンはあった。

我が家の近くは、アメリカの人が住んでいるところがあった。

毎年、10月31日になると、ちょっとした仮装をして(今のように、そんなものがたくさん売っている時代ではなかった)お菓子をもらいに歩くというものだった。

トリックオアトリートと本当にカタカナの通りにしか発音できない小学生が、いつもは、入ってはいけない外国人居留地に入っても何も言われることなく、お家をノックして、お菓子をもらう。

日本人にはくれないお家もあったし、最初からやっていないお家もあったけれど、見たこともないお菓子ばかりで、世の中にはいろんなお菓子があるんだと子どもなりに思った記憶がある。

私は、子どものころから甘いものが得意ではないので、もらったお菓子も妹にあげていたが、妹は喜んで食べていた。外国のお菓子は甘すぎる・・・・

あとは、着色系が苦手で、日本のお菓子でもマーブルチョコが苦手だ・・・

そんなアメリカの人が住んでいたところも、日本に返還となり、私の祖父がそこに土地を持っていたので、返還されてから、そこに家を両親が建てた。

その名残は受け継がれていて、私が住む町で、ハロウィンは復活した。

全盛期、子どもたちが小さくて、お菓子をもらいに歩いたり、自分の家で配ったり、それなりに楽しかったが、お菓子は各家で負担となるため、数万円単位でかかっていた。

なんせ、1000個くらい用意しても、1時間30分くらいでなくなってしまうのだから、すごい!!

私は実際に見たわけではないけれど、観光バスでやってくる人たちもいたらしい。

本当は、この地域に住む子どもたちのために、昔あったものを引き継ぐだけのことだったのが、だんだん大きくなり、他所からもくるようになった。

それにより、おおきなハロウィンになっていたのだろうけれど・・・

もう、子どもたちが大きくなり、お菓子を配るのも大変なので、コロナになって辞めて、今年もやらないことにした。

またやりたいなと思う気持ちもあるけれど、子どももいないし、手伝いってくれていた、両親も歳をとって、できないので、負担が大きくなかなかやろうという気持ちに今年もなれなかった。

来年もし、コロナも落ち着いていて、もう少し気持ちに余裕があれば、やりたいなと思っている。

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