父が亡くなった日のことは、時間がどれほど経っても薄れることなく、今も心の奥底に静かに沈んでいる。
喪失という言葉では追いつかないほどの大きな空洞が胸の中に生まれ、その穴の深さに気づくたび、世界の色彩がほんの少しだけ揺らいで見える。
しっかり息をしているはずなのに、体と心が別々の場所にいるような、どこか宙に浮いたような感覚だけが残っていた。
悲しみを理解する前に、現実だけが一歩先を歩いていく・・・・・そんな日だった。

その三日後、私は合格率数パーセントの試験を控えていた。
あまりにも大きすぎる出来事の直後で、さまざまな思いが絡まり、気持ちは折れたままだった。
本来なら向き合える状態ではなかったが、父が応援してくれていた思いもあり、私は試験を辞退せず、主人に送ってもらって試験会場へ向かった。
さすがに電車に乗っていくほどの元気はなかった。
逃げ出したかった。心は壊れかけていた。
それでも、どこかで「やめてしまえば父との何かが途切れてしまう」と感じていたのかもしれない。
涙が乾ききらない心で受けた試験は、どこか夢の中の出来事のようで、自分がそこに座っていた理由さえ曖昧だった。
その時の試験の記憶は全くない。
あれから毎年、試験の季節が近づくと、胸の奥にざわざわとした波が立つ。
その波は、父の最期のころの空気、焦りや迷い、不安、そしてあの時の自分の表情までも一緒に連れてくる。
試験そのもののプレッシャーではない。
父を失った時期と重なっているからこそ、心がゆっくりと沈み、息苦しさのような痛みを思い出さずにはいられない。
毎年訪れるそのざわめきは、あの日の自分に触れるたび、静かに影を落としていく。

父の体調が悪化していた頃、私は試験勉強に追われていた。
本当はもう少し寄り添う時間が必要だったことも知っていた。
病院に入院してもらって家、に帰ることを長く待たせてしまったことも、亡くなる前日、明らかな異変を感じながら病院へ連れて行かなかったことも、今でも胸に鋭く残っている。
亡くなる前日、あの日は勉強会があった。
迷いながらも私は勉強会を選んだ。
父は「今日は疲れたから、明日病院に行くよ」と言った。
その言葉を信じてしまった自分。
その明日が来なかったという現実は、深い後悔となってずっと私の中に居続けている。

もし、あの時違う行動をしていたら。
もし、あの瞬間だけでも勉強より父を優先していたら。
何度も繰り返し浮かぶもしもは、答えがないと知りながらも静かに心を締めつける。
時間が経ってもその痛みは形を変えながら、ふいに胸を叩いてくる。
今年、初めて教えてくださる先生に、ほんの少しだけ父のことを話した。
そのとき先生が言ってくださった、
「合格することが、お父様へのいいご報告になりますね。」
という一言。
その言葉が胸の奥深くに触れた瞬間、張りつめていたものがほどけ、思いがけなく涙があふれた。
長い間、誰にも渡せなかった痛みを、そっと受け取ってもらえたような感覚だった。
それまで合格は結果でしかなかったが、そのとき初めて、父とのつながりとして、心に温かく広がっていった。

父はいつも私の努力を遠くから見守るような人だった。
必要以上に言葉を重ねず、それでも大事なところでは必ず支えてくれた。
そんな父が今もどこかで変わらず見ていてくれると、自然と信じられる気がする。
そう思えるようになったことで、もう一度挑戦したいという気持ちが、静かに、でも確かに湧き上がってきた。
来年の試験に向けて、焦らず、今の自分の歩幅で進んでいくつもりだ。
後悔は完全に消えることはない。
けれど、その後悔を抱えたままでも歩いていける道があると、ようやく信じられるようになってきた。
その道の先で、父に伝えたい言葉がある。
「がんばったよ」と。
その一言を胸の底から言えるように、私はまた一歩を踏み出す。
静かだけれど力強いその気持ちが、今年になってようやく私の中に芽生えてくれた気がしている。


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